久しぶりに「試験」を受ける機会がありました。
大人になると、仕事上必要に迫られて試験を受ける以外はなかなか試験やテストというものに縁遠くなりますね。

で、久々に緊張しながら受けたのですが・・・

・・・痛恨の、最大の、ありえないミス!!

ほんっとーうにありえない!!
学生でたとえていうなら、「ここ絶対出るよー」と言われたテストのメインをすっ飛ばすくらいのヤバさです。なんで?なぜに??自分に何度も問い正してしまうほど初歩的なミス。

失敗体験のトラウマ「いつも肝心なときに私はダメだ」

テストが終わって呆然としていたわたしの中に浮かんできたのがこの言葉でした。
「あー。いつもこうだなぁ…。練習(事前の模擬のようなもの)で一度もはずしたことがなかったのに。そうだよね、本番でやるんだよね。肝心なときに外すんだよね。昔のあのときもそうだった…」

感情に任せていたらどんどんネガティブな方向に。
私の人生で失敗したときのあれやこれやが、これでもか!と頭の中に浮かんでくる。

あまりにも酷い顔だったからでしょうか。
娘が「大丈夫?」と声をかけてきました。

「だいじょうぶじゃない。痛恨のミスだわ…」

「つうこんって?」

「・・・・うーん。ありえないくらい大きなミス。」

失敗から学んだ「なんでこんなことしているんだっけ?」

普段は私が娘のテスト(といっても小学校の実力だめしくらいのものですけど)を見て声をかけるのが常ですが、今回ばかりは立場が逆転。あまりの落胆するさまをみて、これは尋常ではないと思ったようです。

「なんのテスト?」
「なんでそんなの受けてるの?」

「なんでって。なんでって…。それはさあ、なんでといわれたら…」

ハッとしました。
過去の失敗体験をひっぱりだして自分の失敗パターンに浸っていた私にすごい質問が。

「そっか。試験が近づくにつれて合格することばかり考えていたけど、本当はそこじゃない。私はこの試験の向こうにやりたいことがあったんだった。それを見失いそうだった。」

私はいきなり現実に引き戻されました。

失敗の意味「こんな経験をするのはなぜだろう?」

おそらく娘の素朴な質問がなければ、自分の不甲斐なさ、自分の情けなさにわたしは長いこと囚われていたでしょう。なんの支障もなく試験が終わったとしたら、今挑戦している理由をあらためて見つめることもなかったかもしれません。若干の落ち着きを取り戻したわたしの心に次に浮かんだのはこんな言葉でした。

「なぜ、こんなミスを経験するのだろう?」
「この経験はわたしに何を伝えようとしているのだろう?」

いやちょっと!自分が起こした失敗なのになにを責任転嫁してるの?と思う方もいるかもしれません。が、べつに誰かや何かのせいにしているわけではなくて、自分の身に起きている事象を少し引き離すことで見えてくるものってあるんです。

それで何が起きるかというと、この失敗があったからこそ気づけたもの、得たものがあることがわかる。

「ほんと、今教えてくれて助かった」
「気づかなかったら大変なことになってたわ」
「失敗に感謝!・・・いや、もはや失敗ではないな、これは!」

さきほどまで過去の自分をわざわざ呼び出してさんざん虐めていた私はすっかり姿を消していました。

子供に伝えていた「失敗って成功体験のひとつだよね?」

それって失敗を「失敗」と認めたくないから、ただの気休めだよね、と思うでしょうか。

でも考えてみてください。
失敗ってそもそもなんでしょう?

ものすごくネガティブなこととして捉えがちですが、私たちは何度も転んで、倒れて、ひっくり返って、「そうか。こうしたらこうなるんだ」と学びながら、ひとりで立てるようになったし、歩けるようになったのですよね。

挑戦するその姿を見て、一生懸命応援してくれた親や大人たち、おねえちゃんお兄ちゃんは「ああ、また失敗した」とは決して思わない。3秒が5秒になった! おお、10秒立ち続けた! と「できた」ことをとことん喜びます。
「ああ、3秒しか立てなかったか…根性ないな。」なんてあり得ないでしょう。

「失敗やまちがえはどんどんしていいんだよ。『このやり方は違うんだ』ってことがわかるだけ一歩前進。なにもしなければ一歩も半歩も1ミリも進まない。立ち止まってるだけ。」

そう子供にいつも言っていたこと。
それなのに、自分の身に起きたとたん、取り乱してすっとんでしまいました。情けない…。

「できないこと」より「できたこと」にフォーカスしよう

「痛恨のミス」ばかりが頭と心を占領していましたが、娘の言葉をきっかけに、「では、よかったところは?」と自問自答してみました。すると、あらためて「できたこと」を見つめて今回の結果を顧みることで、次にとるべくアクションも見えてきました。

こと自分のこととなると、なぜか厳しく「できなかったこと」「できない自分」を引っ張り出しては納得させようとすることがあります。それは無意識にできないこと、やらないことの言い訳を探しているのかもしれません。

“そうだそうだ、私はやっぱりダメなんだ。あのときだって同じように失敗したんだから今回もできるはずがないって。だから自分に期待するのはやめよう。挑戦もやめよう。なにもしなければ傷つくことだってないんだから。”

こんな考え方のクセがあると、毎回同じところで堂々巡りがはじまってしまう。
自分で無意識にしてしまう思考の習慣に気づくのはなかなか難しい。
だけど視点を変えて自分を見つめることができれば、負のループからちゃんと抜け出せる。

「できないわたし」にそれだけ焦点が絞れるのなら、「できるわたし」を見つけることだって必ずできます。「できたこと」「できるわたし」を過去から呼び寄せて今の私に自信のバトンを渡しましょう。そのほうがよっぽど建設的だし、今よりずっと自分を好きになれるはず。

子供は成績表で定期的にいやでも評価されるのですから、それを利用してしまいましょう。

そして、もはや成績表がない大人こそ、自分自身の「できること」へのフォーカスを意識的に心掛けていきたいと思います。

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