新学期が始まり、子どもたちの登校する姿が戻ってきました。
私が小さいころ、東京の小学校ではひとりで帰るときもあり、寄り道するのも楽しかった記憶があります。転校先では班を作って登下校していましたから地域性もあるかもしれませんが、昨今の事件や時代の変化から地域のお年寄りが子どもたちに付き添って歩く姿をみかけます。娘の小学校でも地域の方々が子どもたちの登下校を見守ってくださっています。

地域全体で子育てする、みな知り合いという感覚

まだ保育園に通っていたころ、近所を散歩していると会う人会う人が声をかけてくれました。
関東では知らない人と話をすることなどほとんどなかったので最初は驚きました。

知らない人でも道で会えばあいさつして季節の話をするし、スーパーでいきなり世間話を振られるし、病院の待合室でもどうしたの?と話しかけてきます。

田舎ならではの、みんな知り合いで隠しごとなんかできない束縛から解き放たれたい!という話を時々聞きますが、ないものねだりなのか、田舎がなかった私にとってはとても新鮮な感覚でした。

子どもと一緒だと満面の笑みで話してくるものの、私ひとりが早朝にウォーキングをしていると、「どこのだれ?」といぶかしげな表情で声をかけられます。「どこの嫁さんだったかな?」「あ、嫁に来たのではなくて〇〇に住んでる〇〇です」「ああそう。」という感じで、翌日からは笑顔で話しができるようになります。

たしかにお節介といえばそうなのですが、知らない人を知らないままにしておかない空気というのはすごいことだと思いました。こうやって声を掛け合っていれば不審者が現れたときはすぐにわかります。

都会ではそんなことをする人まずいませんよね。知らない人が大半なのですから無表情ですれ違うだけです。私も実家に帰ればそれがあたりまえですし、話しかけようなんて思いません。不審者がいたとしても知らない人のひとりだからだれもなんとも思わない。

でもふと思うのです。
地域のほとんどの人がお互いの顔を知っていて、子どもの名前も憶えてくれている。登下校時にひとりになる区間でも、道端や畑の中から声かけてくれたり、「ただいま」「おかえり」とあいさつを交わす。だれかがルールを決めているわけでもなく、あたりまえのようにごく自然にそのようなネットワークができあがる。

子どもがいるひともいないひとも、子育てが終わった人も関係なくみんなで子どもたちを育てる感覚

これってすごいことだと思います。

都会から地方へ、田舎こそ最強のセーフティネットワーク

こちらに来て最初に感じたのは、お年寄りが元気なこと。
畑しごとをされている方でも自分の両親とほとんど変わらないような年齢なのに非常に若々しく感じます。土を耕し種を蒔き、雑草を抜いて収穫する。お祭りや地域行事も参加して自分たちの趣味も楽しんでいます。

代々受け継がれた家があり、田んぼと畑から日々の食べものを調達する。友人がいてすきなだけ趣味に没頭する。お金ではなく、精神的に満たされる暮らしがあるから心が豊かなのかもしれません。だから子どもたちを気にかけてくれる余裕も生まれるのでしょう。

どこでなにが起こってもおかしくない時代、都会をあとにして地方へ移住する若者も増えています。自分の生活は自分でつくる、そんな人たちが静かにでも確実に動き始めています。たとえライフラインが寸断されても、自分たちの力で生きていく環境と知恵を持っている人は強いです。エネルギーや食糧を完全に外部に頼りきっている都会ではおそらくなにもできないでしょう。これこそ田舎ならではの強みなのです。


「ふるさと」というと、自分が生まれ先祖代々住んでいる場所と暗黙の了解がありますが、私のように故郷を持たないもの、また震災や天災でやむを得ずふるさとを離れる人もたくさんいます。今までのような固定観念ではなく、自分たちでふるさとを進化させていくことがこれからの時代必要なのではないかと考えています。

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