海外では子供だけで積極的にサマースクールなどに参加させる習慣があり、ここドイツでも小さな子供でも親元を離れてスクールに通ったり宿泊することも少なくありません。この時期、大きな荷物をもった子供たちを見かけることもよくあります。

夏休みなので娘もサマースクールも検討したのですが、、、
宿泊は断・固・拒・否!

そんなとき娘が現地のお友だちから誘われた子供向けワークショップに私も主催側のサポートで参加することになりました。そして数日間一緒に過ごしたことでふと気づいたことがありました。

それは・・・

あれ?大人が管理していない??

大人でも指示がないと動けない「主体性がない」ことが問題になったりしますが、ドイツではこんなことからも主体性を学んでいくんだなあ~と感じたので私の体験をシェアしたいと思います。

「子供に主体性をもってほしい」と考えている方のヒントになれば嬉しいです。

「主体性がない」のは管理されることに慣れているから?

『主体性』

耳がいたい言葉ではありませんか?
私は痛いです!笑

前職の会社に勤めていたときに企業の価値観において一番トップに、最重要として置かれていたのがこの「主体性を発揮する」ということでした。これがなければ始まらない、というほどその重要度が高かったです。

主体性がない人たちで構成された集団は、だれかの指示が必要になります。
昔は上司からの指示に従っていれば仕事も回っていたかもしれませんが、今はひとりひとりが主体的に動かなければ変化に適応していくことはできません。

これだけ主体性が求められているということは、主体性がないひとがあふれている裏返しではないでしょうか。

なぜ、主体性がないひとがこんなに多いのでしょう?

私は「管理者の存在」が原因ではないかと思うのです。

子供時代は親から管理される。
成長すれば学校に管理される。
就職すれば会社に管理される。
結婚して夫や義母に管理されるひともいるかもしれません。

常に管理される環境では、「主体的に考える人間」は育たないですよね。
そして管理される側はいつもなにかスッキリしない、怒りや諦めの感情を抱いている。

わたしも例にもれずそのひとりだったので、前職で「主体性!」と言われても頭で理解しながらもあたふたしていた気がします。

管理者不在!子供の主体的な行動を見守る大人の役目

わたしが「あれ?管理していない??」と数日して気づいたということは、管理者がいてあたりまえという考えがデフォルトで私の中にもあるからだと思います。

修学旅行を思い出してみてください。
先生の注意、班長の号令、集団で行動するためのアナウンスなどなど。

私は就寝時間にふざけていたら見回りにきた担任に怒鳴られて、全員廊下に正座でひっぱたかれるなんていう経験もしました。そのあと担任とは口も聞きたくなくて卒業間際までずーっと反抗していました。きっと理不尽な管理体制に大不満だったんでしょう。

でも今回、あれ?そういえばアナウンスとか号令とかが全く聞こえないよ?と気づいたので、それからちょっと観察してみたのです。

小学生~中学生、上はみたところ17,8歳でしょうか。全部で100人ほどの子供たちが集まっていましたが、大人はいるもののなんだかいつも談笑していて子供はこどもたちで盛り上がっています。

年齢に応じてチームに分かれ、最年長の青年たちがそれぞれリーダーとなりスポーツやゲーム、議論などを進めています。大人はその場にいるけどまあ見守っている感じ。

中高生ともなれば男子、女子で分かれるような気もしますが、とにかく男女仲良くて(普段道を歩いていても男女混合で仲の良い姿をみかけます)食事も男女混ざって食べるし深夜まで話声や笑い声が聞こえていました。お年頃はやっぱり相談したいこと、話したいこといっぱいあるよね。

でも10代の男女となるとちょっと恋沙汰を気になってしまう私は責任者(仮にフランクとします)に聞いてみました。するとフランクは「男、女ではなく人間としてお互い信頼しあっているから大丈夫。でも中にはよくないと思うこともあるのでそんなときは私たちが話しに入るよ」と言いました。

大人は助言にとどめ判断は子どもにまかせる

ある青年が、足に赤い傷がいくつもあったので、うわっ!森に入ったときに怪我したのかな?と思っていました。ひざ下に何個もミミズ腫れのようなあとがあったのです。

ところが休憩時間にコーヒーを飲んでいる目の前でその正体が明らかに。17歳くらいの青年ふたりが濡れてかたくねじったタオルを剣のようにしてお互いの足をひっぱたたくゲームをしている。音からしてかなり痛いはず。

まあ、暑いからね…(ヨーロッパも37度とか異常)
涼を求めたゲームなのかもしれないけど、なんというか、ああ男子~というか、傷をつくってまでやることではないだろうに。

そんな傍観する私の横からスッと出てきたフランクがおもむろにふたりに近づくと、「体に傷をつけることはどうだろうか?自分のからだ、相手のからだを大切に考えないかい?」とほんとうに優しい声で話しかけました。(と言っていたはず!ドイツ語だから怪しいけど!)

ふたりはなにか話したあと「Ja(ヤ―:Yes)」と言って、別の遊びに切替えていました。

ふつうだと怒鳴ったり、禁止したりそういうアプローチになりがちなのに、フランクは相手に考えさせる余白を残しました

あとでフランクと話したとき彼はこう言っていました。

「わたしたちは管理されることは好きじゃない。自分で判断して動きたいんだ。大人が心配だからといって子どもをずっと監視、注意していたら子供は自分を信頼してくれていないと感じてしまうだろう?彼らを信用しないと。自分が子どものときを思い出して」

うう、そうだよね。
廊下で正座でひっぱたかれたときに感じたあの気持ちを忘れて、大人になって子供に同じことをしてないかな。(精神的にという意味です念のため)

基本的に子どもたちを信頼してすべて任せる。
でもなにかあればヘルプに入る用意はしている。
そこには「管理する」という体制はありませんでした。

海外は言語以外に学ぶことのほうが大きいかもしれない

今回、わたしはキッチンチームのサポートもしていたので、ずっと子どたちと一緒にいたわけではないのですが、このように子どもたちが主体的に動く様子がわかりました。

100人分の食事なんて作ったことがないし初体験で大変ではありましたが、給食を用意してくれていた方々、イベントをサポートしてくれるひとたちのありがたさをあらためて感じることができました。

そして日本人を含む多国籍のキッチンで飛び交う言語もドイツ語、英語、日本語ともう何語しゃべってるんだからわからなくなる状況で、同じ目標に向かって一緒になにかを作っていくことの楽しさも経験できました。ドイツのひとたちが何食べてるのかもよくわかって面白かったです。

宿泊断固拒否だった娘もあたらしい友だちもできて楽しく過ごせた様子。
今回のこともあり、あまり詮索しないようにしてますけど。

海外にでると言葉の問題がまっさきに浮かびますね。
わたしもドイツ語のできなさ加減にうちのめされたことも事実です笑。

でも言語の不安に隠れがちですが、ことば以外の大きなことを学ぶなあと感じます。

手放しで海外最高だよ!とは思いませんが、たくさん辛いこと、首をかしげることから日本の良さにはじめて気づくこともほんと多い。まあそういうこともまた学びなのだけれども。

今回の体験は、思わず主体性のことを考える機会となりました。
おそらくまだまだてなずけるには時間がかかりそうな「シュタイセイ」。
みなさんはいかがですか?

キャンペーンやチャレンジ企画はメールマガジンご登録者優先でご案内しております。最新情報をお受け取りになりたいかたはこちらからご登録ください。
「ライフシフトデザイン通信」登録はこちら